(C)Copyright Mac Fukuda2011 






「ここで父ちゃん、サッカーしたことがある」「こんな所で、やってええん?おこられへんの」「小学校の先生が審判していてくれてたからなぁ」「体育の先生?」「いや絵の先生や」「え」今では小さいと感じる境内を歩きながら、絵が好きな子どもたちがへんなルールのサッカーをし、足を引きずりながら絵の先生は微笑ってた。もちろん鳥居がゴールである。


 子どものころ、絵の先生がよくしてくださったことをおもいだす。絵を描くのが好きな少年少女を集めて、小学校の先生が日曜日に写 生会を開いてくださっていた。覚えているのは、絵を描くことを教えながら、絵で伝えるにも体力が必要だとサッカーをさせていたこと。


  デッサンがおわった。「そこまで画ければ、もうできたもおんなじ。色は頭のなかにたたみ込め」と言われ、「絵を描くにも体力だ」その後は体力づくりだった。なぜだか美術教師の手の中にあるボール、ミスマッチ。どう考えても運動はできそうにないボクたち。


「こらぁ、好き勝手に蹴るのとちゃう。小さい子もおる。絵描くのとおんなじ」なにかと言うと、その先生は絵を描くことに結びつけた。不思議だった。「隠しながら描くな、はずかしない。なにか伝えるために絵や文字はある、隠すもんと違う」と。今、先生と同じくらいの歳になった自分には、なんだかよく解る気がする。あぁ大切な事を教えてくれていたんだと。


「この絵なにがええとおもう」絵が好きな子どもたちは好きな勝手を言う。「電球が、金色にみえるのがすごい絵」え、そんな気持ちで描いたんとちゃうのにとおもう事を言う。そうか、自分の観ているこの世界も人からみれば違うんだ。


  縁日の境内でボールにみえた綿菓子。あの頃のボクたちは自分の描いた絵もそっちのけで、白いボールが大事で、みんなで追っかけていた。その後ろに先生は笑いながら立っておられた。いまでも「だいじょうぶ」と。2011年1月18日記@縁日の境内にて KOBE,Japan.
井上陽水「東へ西へ」を聞きながら



今年も子どもとともに歳時記2011年

「自然のチカラ、そして人のおもい」力まずに|2011.11.27
「走る愉しさ」自転車に乗って| 2011.11.13
「日だまりの中の幸せ」青い鳥|2011.11.12
「ふつうは幸せに」プロのあるべき姿|2011.10.25
「自分の頭を頼りに」いきるってこと|2011.10.1
「爺ちゃんは海の人」生きるおもい|2011.9.24
「協力してこそ」生きるって、こと|2011.9.8
「人はなにができるのか」人を看る|2011.8.23
「だれのための、自分ですか」祈るおもひ|2011.8.6
「あの人は元気だろうか」祈るおもひ|2011.7.8
「あの人のおかげで」魂よ安らかに|2011.6.25
「待ってる人がいてくれる」魂よ安らかに|2011.5.23
「これ以上がんばらんでいいよ」魂よ安らかに|2011.5.11
「不言実行よ、リーダーは」甦るぞ東北|2011.4.12
「一緒に歩んでいきましょうょ」甦るぞ東北|2011.4.10
「たのむでぇ、リーダーよぉ」ふんばろう東北|2011.4.2
「がんばらんでええんです」ふんばろう東北|2011.3.11
「役にたってるんや」はやぶさ|2011.1.29
「だいじょうぶ」先生のことば|2011.1.18
「ひとりじゃない」震災の日のながた|2011.1.17
「うしろ暗いは鬼のえじき」妙法寺追儺式|2011.1.3
子どもとともに良き日に。2010年 
歳時記リスト2010


子どもと歳時記。 2009年 
歳時記リスト2009
ホームページ最初へ戻る

本ホームページに掲載の文章・画像・写 真等すべてのコンテンツの
無断複写・転載を禁じます。ご感想などはメールにて。2012年2月3日 変更850
©Mac Fukuda1997