絶景の天橋立に桜降る海

海風が吹くとすぐに散ってしまう桜もまたよし
日本三景「天橋立」に降る桜ばな

 日本海の漁船でいろいろと漁師の方に教えていただいた事がある。私の好きな中島みゆきさんは北の国の漁師のことをシケのなか無線で負けん気のジョークを言って自分を励ましてると歌っている。「サッポロSNOWY」を聞くたび、シケの日本海で聞いた「船板一枚したは地獄」と言う言葉を思い出す。漁師というのは「絶対獲れるんだ、そういつも思っている。その強さがなけりゃ、やってられない」とも。「なぜ松葉ガニが高いのかわかる」とも聞かれた。冬の荒れた日本海を観ればおのずとわかることだ。死ぬ か生きて帰ってくるか。私たちはお気楽にスーパーで食品を調達出きるようになってから、その食品のためにどんな現実があるかを忘れている。遺伝子組み換え食品には目をつり上げるが、食品を作る漁師や農家には目を向けない。そんな漁師の姿を絵に描いたのが天才水墨画僧、雪舟(1420-1506)。かれはむやみな戦争で命を落とす世情に嫌気をさし、京都の都を後にして京都の北、天橋立へと晩年たどり着く。ここの寺で雪舟は日本海の荒波に粗末な舟で立ち向かう漁師の姿に、生きる力を観たと言われている。かれの描いた鳥瞰図のような天橋立の絵には、その小さな舟が漁師とともにいる。今でこそたやすく空の上から地上と海を観ることはできても、雪舟の時代。かれは天橋立のまわりの山という山すべて登ってその密なる姿をみいだしたのか、しかしその時雪舟は80才以上。それとも鳥人か。それにしても恐ろしい観察眼なのだ。そして彼の平行描写 の妙。この「天橋立図」の絵は国宝で京都国立博物館にある。

  「船の上板一枚したは地獄」という現実は今でも雪舟の時代とそうかわりはない。ただ世界に誇る日本の造船技術のおかげで、沈しない船ができ、難破というニュースが流れないだけなのだ。技術は人に命を守るためにある。しかし世界最新鋭の巨大原子力潜水艦はチンしたが。海を甘く観てはいけない。日本海は冬から春先にかけてよく荒れ狂うという。私は船乗りの親父の血をひいたのか船酔いはしないたちだが、一度だけこのシケの日本海で酔ったことがある。風も強く厳しい自然を感じずにはおられない。時としてそのことを人は忘れる。自分が自然が起こす風水害などにいかに弱い生き物であるかを。水の力も風の力も恐ろしい、桜なども咲いたかと思うと、もう海風で飛ばされている。

  「日本海の花見はあっという間さ、でも桜が散って、はじめて暖かくなるんだなぁと感じる」と地元のおじさんは話してくれた。ここ天橋立は徳川家康に仕えた林羅山の子・林春斎が宮島、松島とともに日本三景として「日本国事跡考」で選んだ日本を代表する絶景だ。その絶景を観ながら桜をめでる、こんなぜいたくは他にそうそうない。ただ、この日も風が強くすぐに花びらが散っていた。海岸線の桜のひとときの満開を楽しむのは運しかない。人生なんてほんと板1枚で、明日のことはおてんとさまに聞いとくれ。そんなもんなのかもしれない。私自身も1995年1月17日阪神淡路大震災で全壊したが、その時偶然にも神戸には居らず、モノが壊れただけだった。このことは未だに偶然としか考えられないくらいなのだから。自然を甘くみくびっちゃいけない。

*このページの製作年は1996年、データ内容は当時のものです*

 

 


撮影は1994年4月19日 
場所
京都府宮津市 
交通
 JR山陰本線福知山駅か豊岡駅から
北近畿タンゴ鉄道宮津線へ乗り換え「天橋立駅」下車、
クルマは舞鶴自動車道福知山ICからルート176で30分 
問い合わせ先
宮津市商工観光課0772-22-2121
 

 

「桜ノ咲ク美シキ國ガアッタ」 桜一覧データ次の桜へ

本ホームページに掲載の文章・画像・写 真等には著作権があります。
すべてのコンテンツの無断複写・転載を禁じます。
©MAC FUKUDA All rights reserved. 2005年11月4日