春風の 花をちらすと観る夢は
   寝ても胸の さわぐなりけり
             西行

高知吾川村大藪のひがん桜

 1999年の私の桜巡りは九州からはじまった。鹿児島、熊本、大分と何ヶ所かめぐり、今年の桜の花の咲きが遅いのと、そのせいで蕾が鳥についばまれているのを少し残念に思いながら帰途につきました。天候不順も原因のひとつです。なんと阿蘇山周辺では3月29日と30日大雪が降ったのです、もちろん山へと続く道路は雪がつもり閉鎖。3月31日私は桜ではなく大観峰から雪景色の阿蘇山を撮影していました。もう何度も九州には来ている私ですが雪がこんなに降ったのを見たのははじめてです。それも、もう4月と言うのに。以前から九州は南国と言うイメージが強すぎると思っていましたが。雪にはまいりました。桜にはあまり1999年は九州では会えずがっくりしながら、フェリーに乗るため大分にクルマを走らせました。私は行きは神戸から深夜フェリーで九州にはいったのですが、帰りは九州大分からフェリーで四国愛媛にわたり四国から鳴門、そして明石の大橋を渡って神戸に帰る予定でした。

 しかし、天気も良いのでなにか心が騒ぎ高知へと向かいました。何度も訪れている「大藪のひがん桜」に会いに行こうと思って。その雄大な姿は観るものを圧倒する。この木を植えたとされるのが織田信長に敗れ、この地に落ち延びた武田勝頼と伝えられている。武田氏と言えば、甲斐の国(山梨県)、武田市発祥の地は韮崎。その韮崎の武田神社近くにも大きな一本の桜の木・王仁桜がる。丸っこい均整のとれた美しい形で私のお薦めの桜の樹の一本だ。 さすが南国高知は九州より暖かいのか大藪のひがん桜は満開。山の中腹に、にょきっと出て、まるで花の雲のようでもある。ヒガンザクラなのだが、花のカタチがひょうたん型であるので、この地域では俗に「ひょうたん桜」と親しみ込めて呼ぶ。夕方から日が暮れるまで観ていた。九州の仇をここ四国高知で、やっとお花見ができた気分だ。

 「もう四度目だなおまえ、今年はどうだきれいだろう」と木の精の声が聞こえる。
 「1997年来たときは、あんたえらいはげちょびんやったなぁ」
 「あぁ、あの年はすこしげんきがのうてなぁ。でも周りの芝桜は綺麗やったやろ」

 こうした巨木は本当に年により花のつきかたが違う。また天候によっても左右される。つぼみの時に今年のように雪でも降られたら、それこそつぼみは腐ってしまう。きっと今年の九州阿蘇周辺の桜は花つきが悪いだろう。3年ごとに、素晴らしい満開の花を咲かせる桜の樹だとも言う。木が大きいので、下枝から開花して頂上付近が満開になるときには、下枝は散りはじめている。この地域の人に大切にされているから、花の季節は待ちどうしい。一方急に樹勢が弱り、花のつきが最近めっきり悪くなった巨木もある。四国では香川東地のヒガン桜はそれにあたる。巨木と言えば高知には屋久島の縄文杉に負けていない大豊の日本一の大杉があります。美空ひばりさんが巡業中高知で事故にあい大豊町で入院したとき、この日本一の杉にあやかり「日本一の歌手になれるように」と願を掛けた、と言われている。あれだけ縄文杉は知られているのに、この杉を知る人は意外と少ない。不思議なもんだ。

*このページの製作年は1999年、データ内容は当時のものです*

         

瓢箪桜の周りは地域の人たちの手で美しく整備されている。
このように桜の季節は芝桜が一緒に咲き、
私たちの目を楽しませてくれる。

周囲6メートル、樹高30メートル、樹齢約500年
1971(昭和46)年8月の台風20号で下の大枝が損傷した。
撮影は1999年4月1日(夜桜)、
1997年4月3日(芝桜)
場所
 高知県吾川郡吾川村桜
交通 
高知駅からJR四国バス南国号松山行きで約1時間20分、
土佐大崎下車。クルマは高知市からルート33で約45キロ
問い合わせ先
吾川村役場0889-35-0111
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